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これまでの研究の集大成

統合失調症は「治療」してはいけない

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第2部 驚愕の副作用の真実


11.誤った報道

 ○発達障害は凶悪犯罪の原因か?

 不可解な凶悪事件はほとんど精神鑑定で「広汎性発達障害」「アスペルガー症候群」などと診断され、それが異常性格を作り出した原因だとされている。

  文部科学省の資料によると発達障害の定義は「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの。このうち学習障害、注意欠陥多動性障害などは軽度発達障害と分類される」とされている。 軽度発達障害は特別支援を必要とされるようなものではなく10〜15人に一人程度はいると言われる落ち着きがなかったり、忘れ物が多かったりというような「ちょっと変わった子」の事を指す。

  それらの症状が努力不足ではなく生まれつきの脳の欠陥(特性)によって現れるということがごく近年になってわかったものである。いじめや仲間はずれの対象となりやすく、親や教師による虐待の原因にもなっている。 正式に脳の先天的な特性であると認められるようになってから日は浅い。

  文部科学省では2004年施行された発達障害者支援法を受けて、発達障害の対応に関し各教育委員会ごとにマニュアルを作成し、教師を対象とした研修会を開くなど対策を強化している。そのこと自体は良いことで、いじめや虐待の対象になって心の病などにつながる前に防げる可能性を大きくしているとは思う。気になるのはそのマニュアルの中で薬物による治療を積極的に勧めていることだ。教育に関わる公共施設や病院にも製薬会社が作成した発達障害に関するリーフレットが並んでいる。これには製薬会社の積極的な営業戦略に加えて政治レベルでの介入の可能性もあるのだろう。教育関係者や教師に勧められれば、そういうものなのかと家族は納得せざるを得ない。

   軽度発達障害も前頭葉の萎縮が見られる統合失調症の一種である可能性を指摘する医師もいるとおり、COMT遺伝子多型の人間が幼児期に見せる特徴であることが推測される。ADDやADHDがドーパミンの分泌異常によるものである研究結果も発表されている。もともとドーパミンやノルアドレナリンを合成する能力が欠けているため意志による感情コントロールがうまくいかないことと、成育時のごく小さなストレスが前頭葉のアポトーシスを招いて感情の発達を遅らせることが症状を起こす原因だろう。

  COMT遺伝子多型が原因であれば抗不安薬や抗うつ薬は全く効かず症状を悪化させることは間違いない。COMT遺伝子多型以外の人間でも未成年者は副作用が起きる危険性が高い。治った人が一人もいない治療を精神科医は平然と続けていたのだ。これは犯罪である。

  発達障害を持った人間が凶悪犯罪を犯す確率が高いこと自体は否定できない。しかし発達障害そのものが原因ではなく、強いストレスの継続によって前頭葉が破壊されるという前提が必要で、精神科が関係していない(過去も含め)ことが自然発生の要件であり、その数は特段に多いというほどではない。 ほとんどの不可解な凶悪事件に精神科が関与していることから考えれば、発達障害→精神科を勧められる→薬を飲む→感情記憶の喪失→凶悪犯罪というシナリオが作られていることが発達障害原因説の生む温床になっていると考えるべきだ。  副作用を起こした結果は間違いなく「発達障害」の症状ではあるが、それは「薬」によって人工的に作られた統合失調症の一症状であって先天的なものではない。

  発達障害に悩んでいるご両親は多いと思う。積極的に勧められている薬物治療は何の効果も無いばかりか一生を棒に振り、家族を地獄の底に突き落とす副作用が100%起きる。学校生活では悩みが尽きない発達障害も、大人になれば大して問題も無く解消してしまう場合も多いと聞く。教師も精神科医も信用してはいけない。本当に子どもを守ることが出来るのは親しかいないことを忘れないでほしい。たった一粒の薬が一生を左右する致命的な副作用を起こす事を誰も知らない。

 

幼児の犯罪を裁けるか

  彼らは高校生や成人のように見えても赤ん坊か幼児なのである。確かに大人の体と記憶が引き起こす犯罪は重大なものである事は間違いないが、赤ん坊や幼児がした事を凶悪だ、死刑だとあなたは糾弾できるだろうか。息子が三年の間にした事をもって、どうしようもない悪い子だとあなたは言えるだろうか。けして年齢並みとは言えないかもしれないが今は暴力をふるうことも無くキレることも無い、やさしく思いやりを持った青年である。三年の間にしたことで犯罪者と呼ばれ、処刑されたり、服役しなければならないというのはあまりにも理不尽である。愛情を持ってストレスの少ない環境で成長させれば必ず人間の感情を取り戻すことができるのに。

  よく考えてほしい。本当に凶悪なものを持ち合わせた人間が精神科に行って薬を飲むだろうか。家族などが縛り上げて無理やりおとなしくさせようとしたのならいざ知らず、繊細な心を持った弱い人間が行くのが精神科ではないのだろうか。

  副作用による凶悪犯罪が少年の厳罰化を求める声を高めているのは皮肉だが、少年の場合は原則的に刑法が適用される事はなく更生教育の対象となるからまだ救われる。成人はせいぜい心神耗弱で減刑される可能性がある程度だ。成人であっても感情は幼児でしかないのだから本来は少年法が適用されなければならないと私は思う。いや、「少年」まで成長していない「赤ん坊」なのだから罪を追求すること自体ナンセンスだとも言える。

  私たちは脳の不思議さを何もわかっていない。普通に成長し普通に生活している分にはその不思議さを考える必要もなく、その理解を超えたものを異常者として排除することしか考えない。 凶悪事件の犯人を擁護するような発言をすると抗議が殺到する国柄であることはわかっている。確かに犠牲になった方の気持ちは犯人を自分で殺しても足りないくらいのものだろう。しかし薬で犯罪者にされただけの小心者を処刑しても悲しみの連鎖は止められない。凶悪事件をなくしたいなら、同じ悲しみを味わう人を一人でも減らしたいのなら、真犯人である製薬会社と精神科医を訴えなければならないことをわかっていただきたい。どれだけの人が被害者として加害者として犠牲になっているかを考える時、何一つ罪を問われることのない両者への怒りを私は止められない。これは製薬会社と精神科医によって仕組まれた、誰にも気づかれず何の証拠も残すことなく人の心を操る事によって引き起こされる「完全犯罪」である。

  刑務所に入ろうが死刑になろうがどうでもいいような、社会に迎合できないから精神科に行く、「普通」に生活している方にとっては必要のない「屑」のような人間なのかもしれない。しかしそれでも愛してやまない家族がいる事を忘れないでほしい。自分の家族が薬で別人にされたら、犯罪者にされたら、あなたは平気でいられるだろうか。 精神科の薬さえ飲まなければこれらの犯罪はけして起きる事はなかった。それまでの人生を奪われた上、通常の意識の遥か彼方で起こしてしまった事件を「本人の責任」とされ、人とは思えぬ扱い受け、死刑にされたり一生を刑務所で過ごさなければならない彼らの人生はあまりにも不条理に満ちている。

   もちろん私たち家族のように、事件には至らなくても、苦しみ傷つき、悲しみの内に長い時間を過ごさなければならない方はもっとたくさんいるに違いない。病名すら診断されず副作用であることも認められぬまま、中には一家心中や自殺、家族崩壊などに至っているケースが少なからずあるはずだと思う。私達家族は何度もあったその危機を運良く乗り越えて来たにすぎない。

 

マスコミの大罪

 最近になって精神科薬の副作用が凶悪事件と関連があるのではとする報道も一部ではされるようにはなってきた。しかし、ほとんどのマスコミは不可解な凶悪事件が起きるとその深遠を探ろうともせず、重箱の隅をつつくように心の弱い人間のあらを穿り出して「凶悪犯」を作り出してきた。本来のジャーナリズムは巨悪と対峙し弱い立場の市民を擁護する側に立たなければならないはずなのに、その使命を忘れ個人攻撃に執着する様はこの国のいじめ社会を象徴しているようにも思う。犯罪と日常にどうしても境界線を引きたがり、さも自分は良識のある側であるような態度を取る関係者の姿は哀れでさえある。 発達障害やアスペルガーが事件の原因だと決めつけ、真剣に調べれば犯罪を起こすような人間ではないという結論が出るはずなのにそうでない方向ばかりを探ろうとする。そのために発達障害などを含め、精神科に行くような人間→頭のおかしい危険人物→社会から隔絶すべき、という誤った認識を国民に与えてしまった。この罪はあまりにも大きい。

   しかし、これほどまでに多発している事件の不可解さにジャーナリストは疑問を感じなかったのだろうか。専門家である精神科医が否定するからといっても、事実を積み上げれば関連があることは明白なのにどうしてこれまで誰一人追求することがなかったのだろう。

  これまで医療に関する事件や薬害に関して事が大きくなればなるほどマスコミは多くを報道して来なかった。それは両者が超有力なスポンサーであるとともに政治、役所がらみの力の支配が大きいためであることは間違いない。不利になることは極力報道しない「原発」と同じ構図がある。

  さらに世論が精神科医の味方であることも影響を与えているだろう。凶悪犯罪者を擁護する方向になってしまう副作用論は世論に反する。世論に受け入れられない正義を通せる本当のジャーナリストはこの国には存在しない。それがどれだけ多くの犠牲を強いて来たのかをよく考えるべきだ。

 

12.精神科医療の狂気

精神科医療の実態

 まだ病名もわからない頃、「お願いだから助けてください」と藁にもすがる思いで何件もの精神科を訪ねた。いくら症状を説明しても、本人は医師の前でゲームをやっているし会話も成り立つしで、ほとんど相手にしてもらえない状態だった。挙句の果てに薬の副作用でそんなことは起きない、家庭内暴力なのではと言われる始末で、解離性障害、退行といった診断はもちろん、統合失調症という病名も可能性ですら聞くことができなかった。 後日見つけた製薬会社の添付文書の副作用欄には明確に記載されているのに医師は「副作用は数日の限定的なものでそんなに長く続くものはない」と言い切り、体質が合わなかった程度のこととして、いくら訴えてもそれ以上のことを認めようとはしなかった。元に戻らない「退行」については知識を持っている医師が日本でも数えるほどしかいない、しかもそれと副作用を関連付けられる医師は皆無、統合失調症を正しく診断できる精神科医がいないという驚くべき事実を後になって知った。

  薬を飲んで一晩で起きた事が副作用では無いというバカな言い方はどうしたら出来るのだろう。薬の処方時に副作用についての説明は一切無かった。簡単な効能と副作用が記載された説明書が渡されたのみで、重篤な副作用の記載も厚労省の注意もどこを探しても見つからない。脳に作用する危険性を持った薬であるにもかかわらず医師の説明責任とそれを義務付けるべき製薬会社、国の体制はどうなっているのか疑問を持たざるを得ない。

   その気になって調べれば精神科医療の驚くべき実態が明らかになってくる。乱立するクリニックが心の悩み程度の患者をうつ病や精神病に仕立て上げ大量の薬を飲ませ廃人にしていく症例は当たり前のように存在する。もうかるから、楽だから、訴訟が起きないからと精神科を選ぶ医師も多いらしい。詳しくはその手の本がたくさんあるので触れないが、あまりに恐ろしいその実態に背筋が寒くなってくる。こんな業界を信じていた自分の馬鹿さ加減に今はあきれている。

   精神科に通院する方はもともと何らかの心の病を抱えている。たとえ副作用でおかしな状態に陥っても、もともと何か問題があったのではと医師にも一般の方にもとられてしまいかねない。たとえ仮に副作用と認められたとしても、死ぬわけでもなく入院するわけでもない状態では、どんなに家族が死ぬほど苦しい目にあっても救済する道は皆無だ。良くなれば医者のおかげ、悪くなれば本人の責任・・・何が起きても証明のしようが無いのだ。

  人は一日一日を積み重ねて成長し、気の遠くなるような時間を経て形成される感情、人格が人間の存在意義を作っていく。体もどんなに豊富な知識も脇役でしかない。あまりにも大きな意味を持つ感情の記憶、幸福の記憶を一瞬で奪うということがどれだけ罪深いことであるかおわかりになるだろうか。これは人間の存在に対する冒涜に他ならない許されざる犯罪であり、「死」を意味する。誰も知らないうちに多くの積み重ねられた人生が奪われ犯罪者にされていく。製薬会社も精神科医もその罪の重さを知らない。

 

うつ病を治すのか凶悪犯罪をなくすのか

   うつ病の治癒率は10%程度だとも言われている。つまり患者10人のうち回復するのは1人だけということだ。前述のように日本ではうつ病のほとんどが統合失調症の誤診であるからこの数字は当然だろう。他の90%ははっきり言って「悪化している」のである。薬の機序からすれば「悪化する」ことは考えにくいから「自然に悪化した」と言ってはばからない。これは欧米から伝えられた精神科医療を何の疑問も抱かずうのみにしてきた精神科医の愚かさを象徴している。回復する人よりも悪化する人の方が多い医療に果たして意味があるのだろうか?

  患者や家族にとってうつ病は深刻だとは思う。何とか治して社会復帰したい、させたいと願っている方にとってはたとえ10%の確率でもと思うのは当然だろう。 しかし、うつ病の方が治らなくてもそれは家族だけの問題で終わる。たとえどんなにつらくても自殺しても家族の問題から拡大する事はほとんどない。しかし副作用によって引き起こされる凶悪犯罪は家族はもちろん何の関係もない不特定多数の人が犠牲になり、犯行を行った者は凶悪犯罪者にされる。二者択一の問題だとしたらあなたはどちらを選択するだろう。「治る可能性もありますが、現在の人格を失って自殺する確率や凶悪犯罪者になる確率はその何倍もあります」と言われたら薬を飲む人が果たしているだろうか。

  遺伝特性を事前に調べることが出来ればある程度副作用を防ぐことが出来ると思うが完全ではない。COMT遺伝子多型でない人間にとっても抗不安薬や抗うつ薬は「人生を削る」ことでストレスによる障害を回避している可能性が高い。その時点で「人間的成長」は止まるか後退を始める。本当にそれでいいのだろうか?

  私は今の時点では薬を使う精神科医療は必要ないと考えている。症状の軽いものは薬など使わなくてもカウンセリングなど別の治療法で改善する可能性が高いし、この副作用のリスクを考えたら薬に頼らない治療法がもっと研究されてもいいはずだと思っている。

 

終わりに

 私はこの事実に気付いてから「誰か他にも気付いて研究している人がいるはず」と来る日も来る日もネットの検索を続けたが、脳の萎縮や感情記憶の喪失について触れている方に巡り合うことはなかった。NHK「クローズアップ現代」やフジテレビ「とくダネ」で報道されたものもこの副作用に間違いないのに「一時的な脳内化学物質の異常によるものではないか」という専門家のコメントを紹介しただけで終わってしまっている。 すべてのつじつまが合うこの理論を考えたのは本当に私一人なのだろうか。もしかしたら大きな間違いをしているのかもしれないとも考えて何度も何度も検証を重ねた。しかし何をどう考えても私の理論の方が誰の理論よりもつじつまがあうし、次々と見つかる証拠や症例は正しさを裏付けるものでしかない。それなのに唯一アンチ精神科の組織である人権団体のメンバーにさえあまりに突飛な私の理論は受け入れてもらえなかった。 私はこの事実に立ちすくんだ。素人がたった一人で何ができるというのだろう。相手は巨大な精神科医の組織と製薬会社である。勝ち目などあるわけが無い。経営の傾いてしまった状態を立て直すため仕事も忙しい、どうしたらいいのだろう。しかし私が訴えなければこの事実は永遠に明らかになることはない。

  わずかな時間をかき集めて記録と考察をまとめ、考えつくあらゆるメディアに送った。新聞、テレビ、ジャーナリスト、ルポライター、週刊誌、良心的と言われる精神科医、映画監督、出版社、凶悪事件の担当弁護士・・・。しかしそのほとんどは無視された。まれに電話が来ることもあったが二度目の電話が来ることはなかった。たとえそれが真実であっても素人が世界で初めての理論を持ち出して訴えることなど誰も信じるはずが無い。まだこの段階では医学的根拠も不足していた。わかってはいたもののその現実に打ちひしがれた。自分は無駄なことをしているだけなのだろうか。もうやめてしまおうと何度考えたかわからない。 けれどもその間にもこの副作用によるものと思われる事件が起き、多くの命が失われていた。どんなに無駄であっても黙っていることはできない。

  幸いネットの時代で個人が情報を発信できる環境はある。ブログとホームページを解説書を片手に長い時間をかけて開設した。するとどうだろう、それを見た同じ副作用に苦しむ家族や本人からメールが入り始めたのだ。個人のホームページを検索して見ることはなかなか難しい。ごくわずかなその中から症例がいくつも寄せられたのだからこれが何よりの証拠だろう。わずかであっても得体のしれない症状に苦しんできた被害者に真実を伝えることができた。もちろんまだまだ大きく広がっているわけでは無いが、私のしてきたことは無駄ではなかった。

   しかし、一方で一般の方からは「都合のいいことばかり集めて他人に責任をなすりつけようとしている」、専門家からは「素人が余計なことに首を突っ込むな」と非難された。そして深入りすればするほど専門的で難しいことを理解しなければならない現実に迫られた。医学の知識など全くない人間にとってそれがどれほど大変なことかお判りになるだろうか。だが、解明の願いを託した専門家からは冷たくあしらわれた。自分以外に頼るべき人間は誰もいなかった。 そして6年という時間をかけ、真実を突き止めた。

   今この間にも子どもたちを始め多くの方が犠牲になっている。どうしても私はそれを止めたい。二度と息子のような不幸な子どもを作りたくない。私達家族のような悲しみと苦しみを誰にも経験してほしくない。それだけが願いである。それがわずか12歳で死んで行かなければならなかった「もう一人の息子」への弔いと罪の償いなのだと思っている。

 

参考文献

 

インターネット

厚生労働省

文部科学省

製薬会社添付文書

茨城県発達障害者支援マニュアル

長野県精神保健福祉センター発達障害者支援ガイドライン

病院の検査の基礎知識

東北大学加齢医学研究所 加齢医学研究拠点

APFニュース

Wikipedia

こころのクリニック

 メンタルヘルス

高村光太郎智恵子の半生

書籍

わかりやすい「解離性障害」入門 星和書店

人は傷つくとどうなるか 日本評論社

発達障害とその周辺の問題 中山書店

子ども虐待と関連する精神障害 中山書店

虐待を受けた子どものプレイセラピー 誠信書房

虐待という第四の発達障害 学研

赤ちゃんと子どもの医学事典 ナツメ社

抗うつ薬の功罪 みすず書房

うつ病治療 常識が変わる  宝島社

 橋の上の「殺意」 平凡社

コロンバイン高校銃乱射事件の真実 河出書房新社

酒乱になる人、ならない人 新潮社

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